坂本から君へ

さかもとのブログ。自分語りとか世間話とか。大阪にいる。

人生の輝き

僕は昔、無職だった時期に、介護ヘルパーの資格を取る為に専門学校へ通っていたことがある。今から5年ほど前のことだ。
その学校へは、ハローワーク職業訓練制度を利用して無料で通っていたのだが、当時そこで一緒に勉強をしていた人達と今でも交流があって、たまに飲みに行ったりすることがある。
彼らと再会する度に、お互いの近況を報告し合うことになるのだが、最近そこであまりいい話を聞くことが少ない。

 

50歳を過ぎて、勤めていた会社をリストラされて無職だったAさんという人がいる。
Aさんは5年前に専門学校を出た後から、近所のスーパーで品出しのアルバイトをずっと続けていたらしい。スーパーの品出しのアルバイトというと過酷なイメージがあるが、それを50代からやり始めて5年ほど続けてきたという。なかなか根性のある人だなと思う。
しかし、最近そのスーパーを解雇されて、また無職に戻ってしまったとのこと。Aさんはもう今年で60歳になるそうで、そろそろ隠居生活に入ってもよさそうなものなのに、奥さんとお子さんのことを考えると、まだまだ仕事は続けなければならないらしい。

 

旦那さんから受けたDVが原因で離婚していたBさんは、女手一つでお子さん二人を育ててきた。
5年前に専門学校を出た後は、介護施設でヘルパーの仕事をずっと続けていたが、2年ほど前に乳がんが見つかり、すぐに手術をして取り除いた。しかし最近、がんが骨に転移していることが発覚し、余命3年の宣告を医者から出されたらしい。
Bさんのお子さん二人は、最近成人を迎え、もう経済的にも自立されているとのことで、そこだけが唯一の救いなのだが、それでもこれからようやくのんびりと自分の人生を送ることができるとほっとしていた矢先に、そんなむごい宣告を受けて、とても気の毒に思う。

 

5年前に専門学校を出たあと、理学療法士になることを目指して別の専門学校に通っていた40代のCさんという人がいる。
昼間は介護関係のアルバイトをしながら、夜間の専門学校に通って、そこを卒業するまでに4年ほどかかるらしいのだが、40歳を過ぎてなにかになろうとして新たに勉強を始めるなんていうことは、普通の人にはなかなかできることではないと思う。
僕はそんなCさんのことが気になってずっとどうなるのか様子を見守っていたのだが、最近になって病気の弟さんの介護をする為に、しばらく学校を休学していたことがわかった。その弟さんも先月亡くなったために、これから自分はどうしていこうか考え中とのこと。

 

AさんもBさんもCさんも、5年前の無職だった頃に、なんとかして自分の生活を立て直そうとして、僕と同じ専門学校に通っていたのだが、その後一見すると生活が安定軌道に乗っていたように見えて、やはり時間が経つと色んな所にほころびが出てきて、結局また苦しんでもがいているような感じになっている。
みんな40代から50代の人達ばかりなのだが、そのくらいの年齢になったら、男性なら普通に会社勤めをして毎月安定したお給料を貰っていて、女性だったらたまにパートをしながら家事に専念するといったイメージが強いが、なかなかその通りになっている人ばかりではないのだということを思い知らされた。
それでも、彼らのことは傍らで見ていて、とても立派だと思うし、よく投げ出さずにやっているなと感心する。
その生き様はとても美しいと思うし、輝いている。
そうやって懸命に生きている人達の姿を、これからも僕は真剣に見守っていきたいと思う。