さかブロ

さかもとのブログ。自分語りとか世間話とか。大阪にいる。

夏の葬列

毎年、こんなふうに夏の暑い時期になると、決まって思い返すことがある。
あれは僕が二十代の後半にさしかかった頃に起きた事だから、かなり以前の話になる。
当時勤めていた会社で一緒に仕事をしていた先輩が、ある日急に亡くなったのだ。
 
 
当時のその職場は、大規模なプロジェクトのカットオーバーを数カ月後に控えて、常に慌ただしい雰囲気の中で時間が流れていた。誰もが自分のことで精一杯で、他人のことを思いやる余裕なんてなかった。
その先輩とは、普段からそれほど親しくしていた間柄ではなかったのだが、それでも同じ会社の先輩後輩ということもあって、それなりに頼りにしていたし、それなりに可愛がられていたように思う。
ある日の夜遅い時間帯のこと、僕は残業を終え、ようやく家に帰ろうとして支度をしていると、卓上電話が鳴り出した。
受話器を取ると、あるお客さんからかかってきたものだった。件の先輩に取り次いで欲しいと言われたので、僕は何も気にせずに、まだ職場に残っていたその先輩に受話器を渡して、そのまま帰路についた。
 
 
翌日の朝、普通に出勤して仕事をしていると、しばらくしてその先輩がまだ出勤していないことに僕は気づいた。でも、きっと体調不良かなにかなのだろうと思い、さほど気にせずに仕事を続けていた。
お昼が過ぎた頃に、急遽、職場にいた全員が別室に集められて、マネージャーから意外な話を聞かされることになった。その先輩が昨晩亡くなったこと、原因は不明であること、お通夜が今晩行われること。
あまりにも突然のことだったので、僕にはその意味がうまく飲み込めなかった。なにか交通事故のようなものに巻き込まれたのだろうか?でも、それにしては原因について、なにか奥歯にものがはさまったような言い方をしていたので、釈然としなかった。そしてしばらくして僕はそこから、うっすらとした何かを感じとっていた。先輩の死の原因に対して、深く突っ込んでいはいけないという、空気のようなものを感じていた。
 
 
お通夜には、大勢の人が集まっていた。職場の関係者が合わせて100人ほど来ていただろうか。彼らは終始無言で、先輩の死因について語るものは誰もいなかった。腫れ物に触るような雰囲気の中で、粛々とイベントが進行していく。今考えても、奇妙な集まりだったと思う。
お通夜に続いて葬儀が終わり、翌日からの職場では、先輩がいなくなった後の仕事の段取りについて話し合われ、残された者達の間で整理・共有されていった。そのどれもこれもが、先輩の存在をこの世から消し去る作業だ。それらが、滞り無く行われていった。
 
 
結局のところ、先輩の死因については、ただ単純に「事故」ということで処理されることになった。いったい何の事故なのかという具体的な内容については、最後まで公になることはなかった。
その後しばらくして、会社の全社員に対して、心理カウンセリングの名目でアンケートのようなものが一斉に実施された。仕事上やプライベートでなにか深刻な悩みを抱えている者がいないかどうか調査が行われたのだ。このタイミングでこんなことをやるというのも、なんともデリカシーのない会社だなと思って僕はあきれた。
 
 
その頃、僕がよく考えていたことは、先輩が亡くなる前日の夜の、あの電話のことだった。
あの時の自分に、なにかできなかったのだろうか。
客先からかかってきた電話に対して、「彼はもう帰りましたよ、また明日連絡させますね」とでも言って切ってしまえばよかったかなとか、その後に「最近しんどいですよね、ちょっと飲みに連れてってもらえませんか?」ぐらいの感じで、先輩に声掛けでもしていればよかったのだろうか。そうすることで、何かが変わったのだろうか。
いまさらそんなことをしても何の意味もないとわかっているにもかかわらず、当時の僕は何度も頭の中でそういうシミュレーションを繰り返していた。
 
 
そういった後悔の感情は、日が経つに連れて薄れていき、かわりに僕の心の中を満たしていったものは、死に対する不安の気持ちだった。
最後に先輩と接した時のことを、いくら後で思い返してみても、いつもとかわらない様子だったとしか思えないのだ。
とてもではないが、これから死を決意していたとか、そんな様子はみじんも感じられなかった。
死というものは、いつでもそしらぬ顔をして僕達の周りにいるのではないのか。すくなくとも、今生きているという事実の真逆として、死があるわけではないのだ。
普段と変わらない日常の中で、ある時、なんの前触れもなく、突然人が、自らの自由な意思でもって、あちら側に旅立ってしまうということ。それをただ黙って見送ることしかできない、こちら側にいる人たち。
あれから15年経った今でも、ときおり職場の机の影からそっと顔を出してくる死の匂いとでもいうべきものに、僕はずっと怯え続けている。
そしてこれからも僕はそんなふうに、漠然とした他人に対する死の不安を抱えながら、生き続けていくことしかできないのだろう。あのひどく暑かった、夏の日の葬列の記憶と共に。